富良野で農家る! 桃子のローカル日報
土を学ぶ
2月に入り、「第13回 ふらの土の会」が開かれました。

「ふらの土の会」とは、毎年この時期に、東京農大より後藤逸男教授をお招きして、
土壌学の集中講義を受け、会員ひとりひとりの畑の土壌の状態と、適切な肥料の使い方について学ぶ会です。
現在、こうした「土の会」は全国で20支所を数え、会員数600名にのぼります。
秋のはじめに、農大研究員をはじめとしたチームが各畑を回って、試験土壌と畑のデータを集めます。
そのサンプルの分析結果が、グラフと数値、肥料の処方をひとまとめにした資料となって帰ってきます。
その資料を、皆でみながら肥料の選び方や、土に入れる時期、肥料同士の相性、コスト、生育状況など、
実際に肥料を扱っている生産者ひとりひとりの生の話を交えながら、
その畑にとって適切な土壌の作り方を、個別にたくさんの面から検討し合う会です。

畑の通信簿でもある土壌の分析結果は、農村であるなしを問わずありがちな、
恥をきらって隠したくなるような個人データです。
しかし私共も、先輩諸氏も、いく度か参加してしまえば何ということもなく、
いつのまにか出てきたデータに対して冷静になってきています。
そして、適切で成分的にも、労力の面などからも効率の良い計画を実行することにより
生産コストが随分と抑えられることに、まず頑固な親方達が気づき、すでに実行されています。

この会が13回を重ねていると、土壌成分的に、理想値に近い数値ばかりが並ぶようになってきて、
今やなんと、つつき合うのに必要な重箱の隅がなくなってきてしまいました。
そうして今、親方世代が交代してきて、アラフォーの若い親方が熱心に肥料の扱いについて学びつつあるところです。

こうした、有り難い機会をメロンの親方蓮中が育み、ふらのに定着させて下さっています。
そうしたところに新米の私どもが正式に参加して今年で4回目になり、
教授の講義や、先輩の事例を検討する会話にもついて行けるようになりました。

私自身は比較的冬にも時間のあった、最初の2年くらいで土壌学のテキストを読みこんで、
用語辞典を見つつも、あとは会で発行されるテキストに従って流れをつかんでしまったら、
物理化学の知識がなくても、また数学が全く出来ない私であっても、大体のことは理解できるようになってきています。
そして理解が進むたびに、専門家の話を伺うことが、さらに面白くなってきました。

土壌学とはいえ、結局は土壌というだけにあらゆるものの根源的な問題を背負っていて、
社会経済や生活文化、環境問題、それを取り巻く人間の心理まで多様な要素が含まれてくるもので、
論議の種はまったくの無限であるなと思います。
そして深刻すぎる現状のほかにも、知られてはいないけれども実は随分と存在する
希望の種があることも知りました。

今回、最初に行われた講義のなかでは、土の会の全国での活動ぶり、
そして昨年は後藤教授が福島の被災地におもむき、津波による塩害と、放射性物質の除染にかかわり、
毎月現地に足を運んで、ここ数ヶ月のあいだその方法を探ってこられた様子を伺いました。

津波による塩害については、海水中に含まれる成分は、植物にとって有害なものばかりではなく、
めったに供給されないはずの貴重な成分や、状態の良い海底の泥なども運ばれてきているので、
適切な処理を重ねてゆくことにより、すでに緑が戻っている土地も少なくないそうです。
やがて、作物を作付けできる見込みが立ってきている土地も多いとのこと。
雨の多い日本ならではの浄化作用が働いています。

なにより、ところによっては被害にあった畑に手を付けることに対して、行政のブレーキがかかっているけれども、
時が経つにつれて雑草の種は容赦なく発芽して、その子孫を何万倍にも殖やしてしまうものだから、
被災農家の焦りはただ事ではないようです。
嘆きにくれるか、行政の動きを待たずに自己責任で行動するか、判断を迫られているのが実情だそうです。

その土地を守るということの親方が背負っている責任感について、私どもが慮ることはできません。
福島第一原発にほど近いところにある業者の女性社長氏も同席されており、
明るく話をされる教授の姿に、重くて複雑な思いを抱くのでした。

一方で、ふらの土の会でよく使われるようになっている肥料がいくつかあります。
なかでもおもにミネラルを補う肥料については、自然界の鉱石を精錬したあとの残りが、
粉にして肥料とすれば、そのままで多様な成分を含み、作物にとって良い配合でありながら、
まだ利用が進んでいない現状についてのお話がありました。

その鉄の搾りかすのことを、「転炉スラグ」と呼びます。
通常、転炉スラグに含まれているカルシウム分や、リンなどは、単品での鉱石から用いられることが多く、
しかもリン鉱石についてはすべて輸入に頼っています。

それが、国内で作られる製鉄のカスが、輸入量をまかなえるくらいのリンを含む
という試算が成り立つのではないかという予測のもと、研究が進められているそうです。

ほかには、最近韓国で、ハクサイが不作になりキムチが作れず中国から輸入した、という現状にちなんで
現地から講義を頼まれ、後藤教授が韓国に赴いたというご報告がありました。
韓国のハクサイ畑は、まるで美瑛のような丘陵地が全部ハクサイ、というすさまじい光景に
会場が沸きました。
そして、それがさらにげんこつサイズの石がざくざくとしているような土地であることに驚かかされました。
そのような畑に耕作機械の出る幕はないのですが、その砂利が重石になるおかげで、
雨で土が流れてしまう作用が抑えられてもいます。

ほかにも、肥料で起こった事故についての対策や、富良野で開発された肥料の使い方について等が話題に上り
内容の濃い勉強会となりました。
これからの課題は、さらに耕畜連携にスポットをあて、より多くの畜産農家のご参加と協力を願って
現場の声を伺いながら堆肥に含まれる成分を明確にし、肥料成分とだぶってしまう作用を抑えていくことに注目したい、
とのお話で会が締めくくられました。

年に一度、ほかの地域や自身の専門作物の先輩と顔を合わせる意味からも、
「ふらの土の会」は意義のふかい集いであると感じています。
そして、会の進行を勤める吉田博士、福田研究員は、女友達としても付き合ってくださり、
私にとってこころ強く、楽しいものです。

地域の生産者、品目による世界の違い、あるいは業者といったさまざまな社会的な囲いや立場を超えて
意欲のあるお仲間が集い、学び合っているこの機会に参加させていただいていることに、
幹事や関係者の皆様に深くお礼を申し上げます。
posted by momouyda | 23:24 | 雑記帳 | comments(0) | trackbacks(0) |
冬空もよう
北海道、ひとつといえども場所によって気候も天気もちがうもので
地形と空気の流れとの関係が、視覚的にも体感的にもリアルに感じられます。
西の方から中国大陸をわたり、日本海の湿気を含んで流れ込んできた空気が、
北海道の東側の山々にブレーキをかけられるので、その夕張山地よりも西側が豪雪地帯となります。
それが、空知地方です。かつて炭坑で栄えた街が連なっています。

ちょうど東北地方でいえば、秋田や山形の位置に似ているので
風の通り道からすると、その空知地方に、雪が多く降るのです。
そして、こちらの雪は湿っているので重たくボリュームがあって、あらゆるものに付きやすい性質をもっており
建物やビニールハウスの骨、はたまた電線など、雪が海老フライの衣のようにまとわりついて
何でもかんでも重たくしてしまいます。

ですから、雪国では屋根の勾配をきつく作って雪を載せないようにしたり、
屋根から雪が落ちてくる危険に気をつけなければならなかったり、
落ちた雪で近隣の家々に迷惑がかからないようにと配慮したり、
そこで生きる為には、じっとそこで警戒しながら身を守るということが、
暮らしのなかでおおきなウェイトを占めてきます。

それにしても、ちらっとTVで見ただけではありますが、このところの雪の多さは桁が違うようです。

さいわい、今日は心地よい晴れでしたので、少し高いところに上がって遠くに眼をやれば、
そちらのほうにあまり雲が無い、ということが瞬時にはっきりとわかります。
わざわざお天気予報の番組が始まるのを待ったり、気象衛星からの画像を検索しなくてもよいのです。
その方面にお住まいの方々は、少しは心が落ち着いていらっしゃるのでは、と思います。
世界では、水害のニュースがたびたび聴かれるようになりましたけれども、
これもまた、ひとつの水害であるなと感じました。

ちなみに、我が家のプリンターの調子が悪くなったので、修理に出したところ
タイの水害で部品が供給できなくなったとのことで、そっくりそのまま別のものと交換されてしまいました。
新品と交換されたのですから、ストレートに喜べばよいのかも解りませんが、
遠い地から、たくさんの人々の恩恵を受けて成り立っている、
私共の暮らしとのつながりを、心の痛みや、もどかしさとともに実感する日々です。

かわって、先ほどの空知地方・夕張山地の東側にあるのが、富良野盆地です。
空知地方で湿気を抜かれた雪が、寒気とともに胡椒を振るようにして落ちてきます。
そして、降ったあと、さらに雪の水分が空中に舞い上がり、微細な氷となって昇華するので
さらにさらさらした雪になります。
握っても固まらない、グラニュー糖か砂のような雪です。
この雪のつもり方は、空知地方のようなボリュームがありません。
そのかわりに、風でよく飛ぶので、晴れていてもところにより吹きだまりが出来てしまいます。
光の加減や、斜めに降る吹雪のいたずらで、この微妙な吹きだまりの凹凸がわからないことがあり、
この微細なモノトーンを感じるのを怠ると、車をこの小さな砂漠に嵌めてしまうことがあります。

まさに、その微妙な質感や、生命を守ろうとする本能のような感覚が、
だいぶ養われてきたように思います。
富良野に来て7回目の冬、暮らしや未来への不安だった要素が、
こういった力強い感覚に入れ替わっていくのが、ひそかに嬉しいものです。

かつて東京で、浅草勤めになったのに、隅田川の川のふちまで歩いて行っても
花火がひとかけらも見えなかった空しさが、思い出されます。
門前払いを喰らったような孤独と、せせこましく高いビルの壁。
夜があけて、道路に残る場所取りのガムテープのラインや名前、ぶっきらぼうにびらびらと熱風にゆれる
その茶褐色の縄張りのあとをみて、つくづく嫌になったものでした。
東京のど真ん中で生まれたはずの私であっても、つまるところ、おのぼりさんなのです。

さて、どうせのぼるのならば、とびきりでっかい山の方が気分が良いものです。
私は今日も十勝岳連邦の山にのぼり、特上の乾いた雪の上を飛ぶように滑り落ちて来ました。
灰にまみれたような記憶が、一気に過去のほうへと飛ばされるとき。
過去の経験や得られたものは、普段はどこかに隠れているけれども、
ひょんなきっかけで、いもづる式に引きずりだされることがあります。

時に、これらの整理は必要なもので、もともとそう容量のない頭と懐に
無理なく納めておけるよう、こうした機会を大切にしなければ、と
ここのところ、より強く思うようになりました。
過剰につもった知識と感情は、精神状態や、体のあちこちを締め付けたり詰まらせたりして、
日常生活のなかで的確な判断をしたり、思考にあっても行動においても、取りうる道筋の数を限ってしまいます。

せっかく、この富良野に住まわせて戴いていますので、
このおおいなる恵みを大切に、そして精一杯味わいたいと考えています。




posted by momouyda | 19:15 | 雑記帳 | comments(0) | trackbacks(0) |
成人の日
穏やかなる新春、8日の今日を迎えると、少しずつお正月らしさが過去に溶けてゆくようです。
今朝の富良野はとても冷え込んで、昼まで樹々を飾る霧氷が見られるほどでしたが、
ちょっと街に脚を伸ばせば、新しい雪景色にそそぐ日差しに、ちらほら道ゆく着物姿がいっそう映えていました。

家では薪ストーブが暖かく燃えて、少しだけ脂のにおいが香ばしいです。
かわらず、uydaは鉄道の踏切や、トンネル内の雪や氷の手入れに時々呼ばれ、
その仕事の合間は、やたらと外に出たがり、冬の街歩きや、スキーでの山歩きを楽しみました。
人々や、物の喧噪にはすぐに参ってしまうuydaなのに、街歩きは大好きで
その感覚は、私にはよく解っていません。
地図は読めても、雪まみれな九州男児の気持ちがすべて解るはずもなく、
解らないところがまた面白いと感じます。

その合間に、新しい情報を集めたり、新たに私どもの仕事を人々に伝えるにはどうしたらよいか
いろいろと試行錯誤をしています。

大豆を皆様にお届けするのも、次のメロンを売るにあたっての準備でもあり、
またお客様とのコミュニケーションをとる貴重な機会にもさせていただいています。
冬の我が家は、なかなかに活発です。
そして、いくつか、これからの活動のヒントを見つけ出しています。それは楽しい作業です。

そのようななか、大豆のご注文をコンスタントに戴けまして、ありがとうございます。
切れ切れの作業ながら、なんとか豆選りの作業にもしがみついている私です。
HPからのご注文分が、売るという面からすると嬉しいのですが、
地元フラノマルシェに置いている大豆につきましても、なかなかに好評です。
お店の方に伺うと、なんと地元の奥様や、お年寄りの方がご自宅用に買って行かれるとのことで
これまたとても嬉しく存じます。

まさに、私どもの母親や、姑の世代で、しかも地元の方々ときたら、
私どもの作る物にとって、もっとも評価が厳しくハードルが高いのではないか
と思っていたからです。
てっきり、若くて健康志向な、一部のアラフォー向けに発信しようとおもっていたところ
思いもかけぬ経過に、じわっと涙がでそうです。
かけた手間を感じ取ってくださるのは、やはりその昔に、
手間をかけた思い出をお持ちの方々なのかも知れません。

この大豆を売るという仕事は、地道であり、経済効率からするととんでもなく外れた作業ながらも、
これは続けていってもいい仕事なのではないか、という期待を抱くことが出来ています。
その方法は、これからも収量や、メロン・スイカの作業との兼ね合いで変容しつつ、
今あるこの感覚を大事にしてゆきたいです。

さて、このようにしてシーズンオフまでもせわしなく過ごしてしまっている私は、
しょっちゅう喉が乾きます。
そして、喉をうるおそうとお茶を淹れるのですけれども、かなりの頻度で飲み忘れます。
淹れたはずのお茶の葉が開くのを待てずに、ほかの作業にかかってしまい、そのまま忘れてしまうのです。
そしてとっくに冷めたか、いい加減渋すぎて飲めなくなった頃に、はっと思い出し、
掛けた熱と労力の喪失感に苛まれる、という小さな悪循環を重ねてしまっています。

そこで、いつでもすぐ飲めるパウダータイプや、パック詰めのお茶を買う、のではなく、
きちんとそこで立ち止まり、周りを見渡す気持ちのゆとりを持ちたいと考えています。
動きすぎる私にとって、それはとても高いハードルです。
たった1年では改められないかもしれませんけれども、希望をもちつづけることにこだわろうと思います。

新年、ふつつかな私どもにも明けました。
これからも、どうぞおつきあいの程よろしくお願い申し上げます。


posted by momouyda | 22:51 | 雑記帳 | comments(0) | trackbacks(0) |
雪のひとひらと、豆粒によせて
少し遅めの冬の入りであっても、今となっては雪が豊富になりました。
人力で除けてきた雪が溜まってくると、道幅が狭くなり、見通しが利きません。
そうしたら今度は機械の出番です。

通常、この辺りの家々は、建てる際に家の周りに「雪捨て場」のスペースを確保してあります。
夏には解らないことなのですが、気象が厳しいと、実質的なゆとりが多く必要です。

市街地は、排雪(はいせつ)といって、大きなロータリー車で道路際の雪山を
ロールケーキを切るように削り取って吸い上げ、10tダンプに雪を積み込み、河川敷に運びます。これはお役所の仕事です。

我が家のような田舎では、トラクターにバケットを着けてバックしながら、
スプーンでアイスクリームを削るようにして農道の雪を掬いとって、畑に落とします。

この雪が、畑の土を休めて、余分な肥料分をクレンジングするように洗い流すので、
北海道の作物にとっては、恵みの雪なのです。
この休みと、クレンジングがあるからこそ、この地ではおいしい作物ができるのだと、
土壌学の教授はいつもおっしゃいます。

その雪の中では、よく黒いクモが冬眠しているのを見かけますし
スキーで歩いていると時折、すぽっ、とねずみや山鳩が飛び出してきたりすることもあります。
そして、雪を踏むとほんのかすかに匂う、雪の香り。
道ゆく車の音さえ吸い込んでしまって、真っ白で冷たくて、何もないようでいながらも
雪の下には、無数の生き物が潜んでいます。

さて、この無数の生き物が住む土で栽培した大豆が
おかげさまで、ことしも好評です。
只今、店頭販売ではフラノマルシェARGENT(アルジャン)に置かせていただいています。
豆選りが進み次第、ほかにも置かせていただきますので、お近くの方はお楽しみに。
もちろん、ウエダオーチャードのサイトでも販売いたしておりますので
遠方や、お出かけのしづらいお客様は、お得な通信販売をご利用ください。

昨年、大豆をお求めいただいたお客さまに伺いますと、畑に蒔いてみたとおっしゃる方が
ずいぶんいらっしゃいました。
ところが、枝豆はたべられたのだけれど、熟す前になくなってしまった、と決まっておっしゃるのです。
犯人は、おもにシカやカラスのようですが、何とも残念です。
淡白なはずの豆の味にはとても敏感な、動物の鋭い感覚を実感させられてしまいます。
これは、お客様であっても農家であっても同じなのです。

もちろん、販売しているのはとりわけ元気な豆ですので、種として使っていただくのもとても嬉しく思います。
大豆に親しんで戴くのが、私どもの一番の目的、今度こそは蒔いてみようとお考えの方は、
来春ぜひともお試しいただき、年ごとに殖やしていただくのも面白いです。

ただ、枝豆の場合は、風味がやや淡白に感じられるかもしれません。
通常、枝豆としてスーパーなどに並んでいるのは、黒豆や茶豆などの若い実が多く、
枝豆の姿のときに味が乗っている品種です。

しかしながら、お手元で楽しみに待ちつつ、採れたてをもいですぐに戴く豆は、
きっと格別の風味だったのでしょう。
普通の大豆であっても、皆様なかなかに楽しんでいただけたようです。

場所とお時間がゆるせば、肥料をやっていない土に人差し指の第1関節の深さに2粒ずつ
30センチ間隔で植えてみてください。
私はまだ試していないのですが、プランターであれば、1台に2カ所なら植えられそうです。
ただし地面に植えるよりも、株が小さくなります。

なお、もちろん味噌や煮豆、納豆、豆腐、湯葉など、丁寧に料理してくださったお客様
ありがとうございます。
なんと段ボール箱でも味噌を作ることができると伺い、びっくりしています。
これだけサプリメントや中食や加工食で世の中がにぎわっていても
日本人のならではの細やかさを、きちんと持ち続けていらっしゃる方も少なくありません。
そして、そうしたいけれどもままならない、という志向をお持ちの方がその陰に
どれだけいらっしゃることだろうと感じずにはいられません。
何しろ、作り手の私がその一人でもあるからです。
大豆を通じて、お客様からそういうことをお知らせ戴きました。

最後に、ご質問の多い「炒り豆ごはん」の炊き方です。
煮る時間と手間がなく、大豆の旨味を丸ごと戴けるので、これからもお勧めしていきたいと思います。

“炒り豆ごはん”
お米と豆の比率は、米4合に対して豆1合くらいです。
(米2カップであれば、豆はカップ1/2になります。)
1、大豆をたっぷりの水で2回洗い、水切りする。
2、安手のフライパンを中火〜強火にかざし、油をひかずに豆を入れ、転がしながら煎る。
  焦さないようにしていると、5分くらいで豆の皮にひびが入り、よい香りがしてきます。
  (焦げ付き防止のコーティングが傷みますので、
   お気に入りのフライパンは炒り豆には不向きのようです)
3、あらかじめ、いつものように研ぎ、いつもの水加減をしたお米のなかに炒り豆を注ぐ。
4、炊飯スイッチを入れて炊き上げ、炊きあがったら全体を混ぜて蒸らす。

それでは、沢山のお客様とともに迎えられたこの年の瀬に
心から御礼を申し上げながら、来る年のご健康をお祈りいたします。

posted by momouyda | 20:22 | 雑記帳 | comments(0) | trackbacks(0) |
雪見
雪が降りました。
これからしばらく降り続くようなので、これが止んだら大豆を脱穀します。

ようやく冬が始まる気配に、わが犬は大はしゃぎで耳を立て、いつもと違う顔をしています。
顔や手先をはじめ毛の色まで、ほんのり赤みがさしているようで、本能がそのままよろこんでいるかのようです。

ここしばらく小春日和が続いていたから、この急な寒波に、地元の人々も体とこころが縮んでしまったのかどうなのか
夕方に山の上にある温泉に行ってみると、いつもは常連さんでにぎわっているはずが、ほとんど貸し切り状態です。
独り言も、湯船でのストレッチも、遠慮知らずの優雅な心地に、
こんな吹雪もなんのその、とつい浸りすぎて露天風呂で頭を冷やしすぎたのか、今日は喉が痛いです。

さて、こんな日は引きこもってじっくり料理をするに限ります。
バケツを持っていって、畑に残っていた最後の人参を抜きました。
玉にんじんといって、ピンポン玉のように小さな人参です。
ちいさいながらも、夏の間じっくり時間をかけて育ったので、抜いたとたんに人参の香りが強烈にするものです。
葉っぱも香ばしいので、刻んで塩で煎り、ごまとともにふりかけにします。

ほか、義父が作った里芋や、ごぼう、ご近所のタマネギ、その他いくつかの野菜を丁寧に刻み、
寸胴鍋でゆっくりと火を通して、30分。

そこからおたま3杯を小鍋にとって義母が送ってくれた味噌を溶き、野菜の甘みが優しいみそ汁を頂きました。
野菜以外の出汁を入れていないので、味噌でなくとも、酒と塩、醤油、趣向を変えて和風のカレールー、
とろみをつけてあんかけなど、ここまで調理してストックしておけば、さまざまな仕上げのアレンジができます。

あまり消化器系の強くない私は、博多の明太子育ち、焼き肉好きな旦那の好みについてゆけないので
肉入りの辛いカレーのときは、私はみそ汁を頂きます。
最後の味付けと盛りつけが違うだけで、ベースのスープと、炒り豆入りご飯は同じものですから
違うようでいて、もとはおなじものを摂っているのです。

しかし、まるいちゃぶ台に、どれもを同時に暖かく載せようと思うと
手間と時間的なコーディネートにこつが求められるということはさることながら
仕上げのとき小鍋が沢山いるので、ゆくゆくは3口コンロが欲しいなと思っています。
室内がそう暖かくないだけに、なるべくなら、お皿も暖めておきたいところで
いつも暖かい薪ストーブが燃えている冬は、その熱が使えるので気が楽です。

そしていつか、羽釜と薪でご飯を炊いてみたいものです。
田舎の冬でなら、それが許される気がします。

その昔ちいさな和食の食堂でアルバイトをしていたとき、2升や3升炊きのご飯を、
あつあつもうもうのガス釜からおひつに移すのが、毎日とても楽しみだったことを思い出します。
直火で炊いたご飯は、本当にご飯粒が垂直に立っていて、ぶつぶつと深い音をたて生きているかのよう。
肉厚の釜からあがる湯気が熱すぎて、眉間が寄ってしまって真顔ではとても居れたものではなかったけれども、
左手に濡れ布巾、右手に「宮島」とよばれる大きなしゃもじを力一杯扱いながら、
巻き込まれる心からいい香りに、日本人ばんざい!とこころのなかで叫んだものです。
さすがに、家でそんな量を一気に炊くことはないけれども、いつかまた、直火で炊いたご飯に再会できたら嬉しいです。

幼い頃を公団住宅で育った私は、田舎でなら古くさくて仕方がないものに惹かれます。
そんな、生易しいものではないと叱られそうですが、
そこには荒々しさと細やかさのないまぜになった、奥の深いかぐわしい世界があったのではないでしょうか。
おそらくいま、その世界を生きる強さを、私の体は持ち合わせていないのだけれども
やっぱり心のふかいところでは、それを求めている気がしてならないのです。

ながらく、米とともに日本の主食であったのであろう大豆。
これを扱っていると、心底そう思います。

作業や暮らしのなかから、この先また何ができるようになるのか、
そっと雪が積もるような、ほのかにあたたかい期待を抱くこのごろです。



posted by momouyda | 16:04 | 雑記帳 | comments(2) | trackbacks(0) |
白いりんご
とうとう、私の手元にノートパソコンが来てしまいました。

幼いころから身近にパソコンはあったけれども、面白かったのは学生のときまでで
勤め人ともなれば嫌になろうとどうしようとなお振り回されたものだから、ちょっとした暇があると、
何やらぎこちない宇宙らしきところに行って小旗を翻してばかりいる小生意気な仕事の道具であり、
またえらく時間と平常心を食べたがるこの厄介な存在を、疎ましく思っていました。

だから、ここのところは必要を感じていても、できれば私は持ちたくはなく、
間に合えば一家に1台あればよいのだとばかり、いつもするりと逃げていたのだけれども
とうとう、銀の薄くて滑らかな座布団に乗った、白いリンゴに御用つかまつることとなりました。
めでたくもwi-fiという見えない糸でできた世界規模の大きさを持つ網にとらえられ、
脱サラ以来、じつに6年ぶりにお縄となった訳です。
メロン屋の女将に装いを変えようとも、大いなる時間の流れの前には無意味です。

幸い、わが旦那が愛用しているのはマッキントッシュであったもので、少しはビジネス臭さがないものの
なぜに思い入れたくもない仕事道具が、気取っていなくてはならぬものかと
激務の残したトラウマの根深さを、旦那のキーボードやマウスの扱いに叩き付けるものだから
旦那はよく、私がパソコンの前に座るのもいやがっていました。

だもので、いったん離れてしまえばいい気なもの。
ちょっとした雑事の合間に覗くお気に入りのページをいくつか見たら、
天気予報もニュースも、旦那の読み上げる内容で事足りていました。
特に最近は、アップデートやらバージョンアップやら、ソフトのバリエーションと展開の早さが加速していて、
常に管理していないとあっという間に使えなくなる、というこの世界が、蟻地獄のようにもみえてきました。

そうはいっても、実に数多くのお客様とのやりとりをしたり、
パソコンを使ってすみずみまで自分の納得のいきとどいた独自の世界を構築し、
そこに浸るのが大好きなuydaとの暮らしの只中にあって、バックアップの必要からも
なかなか、そうは問屋がおろさないところまで来てしまったようです。

さて、窓の外は今夜もひしひしと冷えています。
朝になれば日差しで霜が解けて、トタンの屋根からずいぶんと沢山のしずくが滴り落ちるものだから
朝もやの濃さに惑わされて、今日は雨かと勘違いします。
本当のところは、そんなきつい霜がおりると、日中は暖かい小春日和です。
気持ちよく空の広さを感じ、浸ることができます。外仕事には心からありがたい陽気です。

雨の日に伺った三笠のりんごのおばちゃんは、今年はリンゴがなかなか赤くならなくて、
収穫が滞っていると話していました。
しかし、それでも穫れたての早生のリンゴは、小降りで可愛くて酸味がしっかりしていて、
本当においしいです。朝の一粒で、すっきりと心が洗われるよう。大事に頂いています。

これから冷たさを増す風に、裏山の唐松が色濃い黄金色の葉を落としてしまったら、
ここ富良野は、このディスプレイの裏側で輝いているリンゴと同じくらい、真っ白な世界になります。
そうしたら、私はスキーを手に山に向かうのです。
昨年、偶然手にしたそのスキー板には、ソールにでかでかとリンゴのイラストが入っています。

そして私を捕らえた白いりんご、生みの親が残した御言葉があります。

“stay hungry, stay foolish” (貪欲であれ、馬鹿であれ)

故スティーヴ・ジョブスが残したこの一言は、私共のこころに吹く、心地よい追い風です。

今まさに私の手元にある、この銀のケースを通して覗く世界にも、その外側にも、
リアリティを解く鍵はそこここに満ちています。
せっかくのことですので、おとなしく、どちらの世界も、一口ずつじっくりと味わっていきたいものです。
posted by momouyda | 21:33 | 雑記帳 | comments(0) | trackbacks(0) |
秋深し
親知らずの外側、上あごの一番奥の当たりに、穴があいているのに気が付きました。
木枯らしの寂しさにあいまって、心の真ん中にぽっかりと穴があくのはこんなときです。

あわてていつもの陽気な歯医者さんに予約を入れ、待つ事2週間。
ようやく腹を決めて治療台にあがったと思ったら、その部分の治療はあっといういう間に終わってしまって
かわりに、その2本前の歯に虫歯があると聞きました。こちらは、治療にしばらくかかりそうです。
親知らずの虫歯といえば、即抜かれてしまうのかと思いきや、削れば済む程度で治まり嬉しかったものの
「こんなに奇麗に生えている親知らずを、ひさびさに見た」
という不思議な褒められ方をして、喜んでよいものかどうなのかどうなのかよく解らない気分でいます。

ちなみに下あごの親知らずは、両方とも真横を向いたまま、あごの骨のなかにうずまっているのです。
自分の持ち物であるはずの肉体の一部が、そんな普段は想像もつかないような様相をしている
ということを映し出している傍らのレントゲン写真は見事で、まるで気象衛星からみた世界地図のよう。
意外なくらいに長い歯の根っこや、その形や配列が面白くて、
子供のように治療台から乗り出してじっと覗き込んでしまいました。

ともあれひとまずは、奥歯の片方を失くした場合の心地と、麻生元首相の顔のイメージが代わるがわる浮かんでくる、
という奇天烈な妄想状態を回避できたことにほっとしながら、
こうして3年振りに歯医者さんのお世話になっています。

うっかり穴をあけてしまった歯だけではなくて、この時期は、作業用の道具や農地のメンテナンスをしています。
果樹畑や、土手の草刈りを済ませ、私はメロンの下に敷くお皿を洗い、
uydaは管理機の整備やスイカ用のビニルハウスを手直ししたりと、夏の間に溜まりに溜まったこまごまとした仕事を
すこしずつ消化しています。

そんな我が家はどこまでもマイペースなものだから、夜には山から鹿がおりてきて、収穫間近な豆を喰われてしまいました。
たくさん喰われないうちに、はやく豆を刈ってしまいたいものですが、ここはぐっと我慢です。
明朝はとうとう1℃まで冷え込むというので、このきりっとした寒さで、葉っぱがはやく落ちてくれるのではないかと期待しています。
豆の葉っぱが落ちれば、収穫以降の作業がより速く、楽になるからです。
これもまた、春先に豆の種を畑にまくタイミングが悪くて発芽がきわめて悪かった事や、
そのあと再び豆を育苗して、1本ずつ植え直したせいで時期が遅れている、という事情があります。

メロンもさることながら、大豆のほうもとてもご好評を頂きましたので
今年もきっと皆様にお届けしたいものです。すでに熱烈にご所望の方もいらっしゃいます。
作物が穫れるということはさることながら、それを売る形に整える、
という作業もまた、試行錯誤が欠かせません。
なにしろ小規模経営ですから、作物が商品という形になり、お客様の手に渡るまで、何もかもが未完成なのです。
まだ2年目ですので、昨年とはまた違った仕上がりになるかとは思いますが
晴れて形になりましたら、お付き合いの程よろしくお願い致します。

それでも暖かな小春日和は優しくて、この時期の澄んだ空気は、体ぜんたいにとっての何よりのごちそうです。
庭の水松には、赤い実がそれはたくさん成り、早くもクリスマスツリーのように可憐です。
そう大きくない水松の木の下でメロンのお皿を洗っていると、ドクダミの葉っぱの蔭から覗く、黒い眼が合いました。
ちょろりと姿を現したのは、親指くらいの白いねずみです。
暖かい昼のうちに、忙しく食べ物を集めて回っているのでしょう。

街中の野菜の直売所では根っこものが目立ち、緑のものといえば南瓜と長ネギくらいになっています。
あらゆる生き物が食べ物を蓄え、住むところを整える時期に差し掛かっています。
雪国の冬。
逆らいようのない、大いなる流れのなかで
もう間もなく、こまやかなる手仕事の季節が、静寂をたずさえてやってきます。
posted by momouyda | 20:38 | 雑記帳 | comments(2) | trackbacks(0) |
ちいさな日本
福岡市郊外にある、uydaの実家に郷帰りしてきました。
大きな溜池のほとりにあるこぢんまりした邸宅にお世話になり、
今回は脚を伸ばして義母のふるさとにも連れて行っていただきました。

九州の大分と四国の愛媛の間、豊後水道に面した津久見というその街は、
漁港からいきなり山の懐に入るまでの、小さなちいさな街でした。
義父の車はコンパクトな普通車だけれども、入り組んだ等高線どおりに曲がりくねった細い道では、
それでもぎりぎりいっぱいで、軽自動車以外でここを通るのは考えられないほどの道幅です。
騾馬や、牛で歩くのにはいいだろうとおもうけれども、やはりこの時代に時間と労力と風情の浪費は許されるわけもなく、
山と、おだやかな青い海と、瀬戸内の明るい陽射しに守られたこの街の優しい空気に、少しだけ寂しさを感じました。

その細いほそい道沿いに、長屋や、古井戸を囲んで大小のお屋敷がぎっちり経っているかと思えば
ぽっかり開いたところはみかんの畑になっていて、すぐ手に取れそうなところに、まだ半分青いみかんがたくさん付いています。
ふと目をやった道ばたの雨水溝には、ころころと青い「かぼす」が転がりこんでいるのがかわいらしい。

小高い半島のてっぺんにある展望台に連れて行って頂くと、豊後水道が一面の広がりになっていて、
関サバ、関アジが美味しいはずであることも、この穏やかで青い海をみれば説明無用というものです。
そのまま、ふすま絵にでもなりそうな眺めでした。

そして対岸の岬と、背後の山は、セメントや土木建築工事の原料となる原石の採掘場です。
遠い昔に海から押し上げられたミネラル分を、現代社会はどこまでも欲しているのか
乾いた切り出し斜面のあちこちでとおくクレーンやダンプが動く度に、きらきらと機体がきらめきます。

そして、海からの風も、いつだってみかんの樹も、街も、まるごと洗いつづけているのでしょう。

裏の山では、ミカンやかぼすが盛んに作られていたそうで
今も、津久見みかんは産地として名を馳せていますけれども、
なるほど、この穏やかな雰囲気のなかに実れば、おいしいに違いありません。
義母の送って下さるみかんが、どうして美味しいのかを、
こうしてはじめて感覚全体で味わう事が出来たようにおもいます。

しかりやはり日本全国、何処でも聞かれるように農家の後継ぎがいないとのことで、
このみかん畑が、次々に消えて行っているというのは、心から惜しい思いです。

そうした事を聞かせて下さったのは「かっはははははは!」と顔をみるなりすぐさま嬉しそうに、
ただただ笑いながら出迎えて下さった、85歳になる長老です。
なんと、顔色の良い方なのだろうと思いました。
そのご長老をはじめ、そのお屋敷に集った義母の兄弟姉妹の楽しそうなこと、お元気なこと。
宴席で、さまざまにアレンジされて食卓の一人芝居を演じていたのは、特産のマグロです。

胃袋、頬の肉といった珍しい部位までをいただきました。
これでお酒をたっぷり頂いたら、ますます美味であったろうと思います。
琉球丼、ひゅうが丼、と呼ばれるご飯は、胡麻だれで「づけ」にしたマグロの赤身が乗っています。
ほの甘いたれの味と、浅葱の香りが優しくて、美味でした。

集られた皆様の明るい雰囲気に助けられて、まだ子のない新米の嫁でありながら、
お腹いっぱいマグロづくしのごちそうを味わったものです。
長く育ったふるさとを持たない私は、どこにいってみようともいつも新入りなのだけれども
さすがにアラフォーともなると、ふてぶてしくなっています。

気候の穏やかさと、山懐に囲われた漁港という小さな別世界に、
昔からある、ほんとうの日本の姿をみる気がしました。
posted by momouyda | 22:38 | 雑記帳 | comments(0) | trackbacks(0) |
北国の真っ赤な秋
あちこちに洪水の爪痕をのこして台風が去って行ったら、uydaが風邪を引いてしまいました。
雨に当たって、冷えたのです。
さすがに体力気力ともに萎えているときだけあって、布団がぐっしょりになるほどの高熱ののち
ついには手と脚の裏と顔が発疹だらけになるという有様。

本人生まれて以来の大病とのことで病院にいってみれば、なんと「手足口病」との診断です。
あまりにストレートすぎる病名と、45歳にして幼児のかかる病気をはじめて味わうという
いかにもuydaらしい展開に、気の毒ながらもおかしくてなりませんでした。
赤や白のぶつぶつでパンパンに腫れ上がった脚の裏を冷やしてくれとうめく怪獣は、
氷嚢をおさえるレッグウオーマーを履かせるにも、口ゴムがあたった痛みで雄叫びをあげ
それはそれはうるそうございました。

まったく、子供ならばかわいいだろうものの、もともと水虫でごつごつごわごわしている脚は
ウイルスにやられっぱなしで、まったくみられたものではありません。
発病から1週間がたち、いまやっと、不気味なる白い膨れた発疹が引いて赤いものだけが残り、歩けるようになりました。
完治までには、まだ時間がかかりそうです。

ちょうど庭先では、ひっそりとテーブルビートが膨らんでいて
ろくに進まない仕事の合間に、太ったものをすこし抜いてきて、じっくり小一時間茹でてみました。
とにかく赤いです。
いったいどうして、この砂じみた素っ気ない地面から、こんな色がうまれるものなのか。
食べる輸血といわれるだけあって、ほんとうに煮汁が深く、濃い緋色になります。
すこし青にかたむいたこの赤さは、食べ物の既成概念から飛び出していて、
私だけでなくきっと梅干しも赤ワインもどぎまぎしてしまうことでしょう。

いつか異国の朝食で、おそるおそる一切れいただいた事があるだけで、
かれこれ16年振りくらいにその実物にふれることとなった私は
つるりと剥ける皮の感覚や、服に煮汁を飛ばさぬようにというスリルを存分に味わいました。

味は、というと、ほのかに甘みと渋みがあって、舌触りは蒸した里芋のような滑らかさです。
ほんの少しの塩と、オリーブオイルと酢を掛けてシンプルにいただいたのち
のこりはスープの具にしました。

スープはにんにくや、穫れたてのジャガイモ、タマネギ、トマトを弱火でじっくりソテーして
ローリエとともにいつもの野菜だしをそそいだのち、茹でたビートのぶつ切り加えて塩、胡椒を少々。
uydaには茹でたソーセージを添えて、我が家流のボルシチができました。北国の秋です。

ビートをスープにいれるとなにもかもが赤紫色になるので、
やはり視覚的に慣れないと、味覚が追いやられてしまうようで
ストレートにおいしさと結びつくまでには、繰り返しが必要かも知れません。

食べてみたくて、作ってみたくて料理した本人はまだしも
突然出されたuydaの心境を察するに、たまったものではないでしょう。
病気に効いたかどうか定かではありませんが、このみるからに栄養のありそうな様子に、
最初の一皿くらいは付き合ってくれました。

このテーブルビート、まだこの後も穫れそうですので、あらたな食べ方を模索したいと思います。
一家の台所をまかなう者は、家族にとってのお医者さんでもあるのだと、
中国北部、黒竜江省出身の女医さんは、薬膳レシピの本のなかでそう仰っています。
富良野もまた、黒竜江省とおなじくらいの緯度、大陸のような気候ですので
こんどはこちらからヒントをいただいてみようか、と思っています。

今得られる知恵にはじまり、やりたいこと、実践するきっかけは無限にあり
それを追いかけ身につける楽しさに、田舎暮らしの醍醐味があります。
私にとっては、リアルでスリリングな毎日です。
この尊い秋冬の時間が好きなので、じっくり味わいたいものです。
posted by momouyda | 00:56 | 雑記帳 | comments(3) | trackbacks(0) |
小さな願い
もうすぐ台風が来るので、急ピッチでビニルハウスを取り込んでいます。

昨年春の嵐で、ハウスはいとも簡単にふっ飛ぶのを見ているし、
ハウスのビニールを貼るときの、風との闘いを散々経験しているので
穏やかなる日々の有り難みを、少しは解っているつもりな私どもは、焦っています。

そうとなればさくさく仕事をすすめたいところですが、
どうにも収穫ですべてを出し切ってしまったuydaも私も、おもうように背中に力が入りません。
動きひとつづつが、ちゃかちゃかした貧乏暇無しそのものから、優雅なるスローライフに変換されています。
嬉しくもないことですけれども、それでもどうにか、なけなしの家財をまもらなくてはと思い
淡々と仕事をこなすこの頃です。

しかも、この作業をはじめたころから、台風に押されてきた気圧のいたずらで
富良野は真夏の暑さを取り戻しています。
ふ、とuydaの姿が見えなくなったとおもったら、スイカ畑で残り玉を割り、むしゃぶりついていました。
一緒になって、割ったスイカの真ん中を食べるのが、いちばんよし。
木についていた時よりは劣りますけれども、昼下がりまでなら
意外と実の中はひんやりとしていて美味しいです。

スイカの成りが良かった今年は、スイカ農家さんが潤ったとのことで、産地は少し明るいです。
しかしながら、春が遅かったのと、夏のちょっとした雨風がもたらすタイミングのせいで
早い時期に穫れたタマネギは、玉が肥る前に強い風が吹いて、
葉っぱの根元がぽきんと倒れてしまい、そのせいで葉っぱが枯れてしまったそうです。
その結果、小さなタマネギが沢山できたようです。

かわいらしいタマネギ、本当ならばきっと少人数のご家庭や、ちょっと凝った料理の好きな方には
重宝されるに違いありません。
ちなみに少人数の家庭、つまり一人ないしは2人の家庭という家族構成は、
今や全体の3/4を占めているのだそうです。

そして我が家も、犬はカウントされないでしょうから、その中に入っています。
したがって、タマネギは寸胴鍋にいつもストックしてあるゆで野菜とその煮汁をつくるのに
欠かせない食材です。小さければ、丸のままで使えて重宝します。
ほかにも、スライスしてサラダに加えれば、ひと玉が一回分となり、そのとき使わない部分の保存の手間が省けます。
もしも時間の余裕ができたなら、瓶詰めのピクルスも作ってみたいのです。

ところが、お商売の話となるとまったく世界は違っていて、
農産物は何でもLサイズが標準です。
聞けば、男性の服もLサイズに標準がおかれているとか。

その部分に一番の値打ちを付けて、そのサイズへの標準化をよしとすることで
時間的、労力的に節約を図るということなのでしょう。
一度に、大量に物を動かし、世に送り出すには、欠かせない要件だと思います。
しかしながら、農家さんから引き取られて行く価格は、特にMサイズよりちいさいと
びっくりするくらい落差を持ったお値段になってしまうとききました。

私共もメロンやすいかと引き換えに、こうした小振りのタマネギをわけていただいたのですが
なんだか、嘆きを味わうようで、もうしわけない心地です。
私はもちろんですが、もっと、こうしたタマネギを求めていらっしゃる方々は
ほかにものすごく沢山いるのではないかと感じるのです。

せめてこれから収穫を迎えるタマネギに、葉っぱが倒れてしまうような強い風や
肥った玉が傷んでしまうような水浸し、といったような被害が
できることならおよばないようにと願っています。
なにしろ、我が家のある鳥沼地区は、メロンやスイカ農家は少数派で、
大半の農家さんがタマネギ畑だからです。
収穫が良ければ、地区全体が気分明るく、そして潤います。

さて、巨大な台風と、地区の神社奉納球技大会が同時にやって来そうです。
私が混ぜて頂いているチームは、いつもかならず最下位のお約束ですけれども
今年ももちろん勝てぬとも、昨年よりも明るい展開になれたらと思っています。
球技大会は神社のお祭りの余興ですので、勝ち負けよりも豊穣の神様を喜ばせてなんぼ。
ご近所のチームメイトな奥様各位、今年も少しながら笑いをもたらしたく思いますので
お付き合い下さいますよう、宜しくお願いいたします。
posted by momouyda | 07:10 | 雑記帳 | comments(0) | trackbacks(0) |
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