富良野で農家る! 桃子のローカル日報
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師走の古屋
師走の残りがなくなってきて、時の速さは、まるで掃除機に吸い取られるパン屑のようです。

何かに夢中になっている時間があまりにも多いせいか、いくらでも時間が欲しい今、
それは充実しているということの裏返しなのか、はたまたその浪費をわきまえない愚かさなのか、
今の私には解ることではないところが、寂しくて面白いところなのかも知れません。

さて、この年の瀬は、よくシバレました。
私が富良野を1週間ほど離れているときと、帰ってからしばらくが一番寒くて、
いつもならもっと北の、朱鞠内、幌加内、江丹別といった蕎麦どころがもっとも冷えるはずが、
なぜかここのところ、富良野盆地が一番冷え込んでいたようです。

ここ何年かは、マイナス20度を超えることは年に数回で、しかも続いて数時間、と思っていたのに
明け方から朝9過ぎまでずっと外気温がマイナス20度台で、
なにもかにもがキラキラカリカリしているという日がありました。
そんな日はスキーをしていても、なにか雪にスキーがまとわりついてしまってスピードが出ないのです。

たいがい、そうしてきりりとシバレた朝は、日の出とともに寒気がゆるんで、
霜のデコレーションはやがて丸みをおびて優しげな姿になるものと思っていました。

そんな状況で長く家を留守にしていて、おろそかにしていたのが氷結対策です。

私はせっかくのみずみずしい野菜の養生が足りなくて一部をシバらせてしまい、ほとほと残念です。
シバレてもまだ食べられるのですが、ゆっくり凍った氷の組織は大きくて、
細胞壁が壊されて水分が分離することにより、野菜のもつ張りが損なわれてしまうのです。
そしてこれが繰り返されるうち、いつしか野菜は傷んでしまいます。

ですから、昔から農家では雪の前に干した野菜を作ったり、漬け物を仕込んだり、
畑に深い穴を掘って温かな地中に野菜を埋めたり、
たくさん積んでむしろをかけ、さらに雪をかぶせて養生したり、
それはそれは手間をかけて、費用をかけずに冬の間のビタミン源を確保していらっしゃいます。

そしてこの辺りのご家庭には、「むろ」といって、家の中芯あたりもしくは台所の床下に、
こうした野菜などを、凍らさないように貯蔵しておくスペースが設けてあることが多いのです。
我が家は古すぎて、この「むろ」がないので、備蓄をもつことと引き換えに、それ相応の手当が必要なのでした。

来年こそは、この思いを忘れずに、発泡スチロールの大きな箱をいくつも用意するなどして、
大事な食料を守りきる知恵をもちたいと思います。
街からきた北国のおかみさん、物にたいする細やかさと気遣いにかけて、まだまだ半人前です。

それでもタマネギなどは、ときどき糖度の高さからかこのシバレにも耐えてしまうものがあり、びっくりしてしまいます。
冷害のなかの、さらなる例外です。

このようにあまりに気温が低いと、パソコンの動きは悪いわ、版画のインクはちっとも伸びないわ、
風呂場の洗面器が床から離れないわ、といった決して普遍性のない事態が、数多く待っています。

ここで試されるは知恵の力と、対応を待つ忍耐力、出会った状態をそのままに受け入れる柔軟性でしょうか。
そしてそれらは、とかく手間と長い時間をかけることのゆるされない社会の中で
あまり書き言葉になる機会もなく、過去の「異物」としてどこかに追いやられているようです。

そのほんの一部にすぎないけれども、そういった知恵を私が知って出来る範囲で体感し、
いつでも流れている時間のなかで、これからどのように向き合っていくことができるのかどうか、
まさに今、試されているような気がするのです。

まず今のところは、収穫した豆を選ってお客様にお渡しし、きちんと対価を戴いたうえで
手元に残ったわずかな豆を、味噌にして熟させることを夢に見ているところです。

今年の残る日々を大切に過ごしたいと願う、クリスマスイヴになりました。
狭くて静かな我が家は、細かく働きつつ、大きめに考えるのには、たっぷりと満ち足りています。
posted by momouyda | 21:28 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
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