富良野で農家る! 桃子のローカル日報
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手のひらの上の命
富良野盆地は、今日も晴れたり雪が降ったりしていました。

この重たい日々のなか、静かに我が畑はちいさな緑の命にはたらきかけて
少しずつ、その目を覚ましていっています。
ただいま育苗ハウスでは、最初の2棟分のメロンの苗が接木を終えて
台木と穂木の癒着を待っているところです。
苗はずらりと約340株あり、いまのところ失敗なしの模様です。
そして3棟目のメロンの種が、重たい芽を地中から出そうと踏ん張っているところです。

あたりがまだ雪に覆われている分、ハウスのなかに注ぐ光の量は半端ではなく
まるでオーブンのなかにでもいるような心地です。まるで皮膚全体からまぶしさを感じるよう。
それほど光の好きなメロンは、太陽に向かって伸びをするように、さも気持ち良さそうに
双葉をかかげています。
一日ごとに、茎ががっしり太くなり、葉が厚く大きくなっていくのが解ります。

日中は、少しの陽射しでもハウスの気温は極端に変化するので、
気温が30℃を越えないように、また地温との温度差を広げすぎないようにと
いつもいつも雲行きと温度計を気にかけています。
変化があるたび、ハウスの換気口を巻き上げたり、下げたり、日除けしたり、ずらしたり。
uydaはそれはそれは細やかに、苗を守りつづけています。
大雑把でいつも落ち着きのない私には、まず勤まらないところです。

さて、それでもさすがに規模の小さい我が家では、まだ仕事に追いつめられるほどでもなく
少し空いたタイミングを見つけて、家庭菜園の準備をはじめました。
お気に入りの種屋さんから種を取り寄せたものもありますが、自家採取できたものも少しずつ増えています。
いまごろになってしまいましたが、ようやくバジルの種を、枯れた穂から取り出しました。
これは5代目です。年々丈夫になっていますので、今年もどう変化するのかが楽しみです。

そして、誰もがびっくりするのがズッキーニ。実は私共が食べているズッキーニは、
きゅうりのように未熟な状態なのであって、完熟したズッキーニの姿を知る人はそういないのではないでしょうか。

育ててみてびっくりしたのですが、完熟したズッキーニというものは、かるく40センチを越える巨体です。
ヘチマものけぞりそうなそのボリューム感にふさわしく、手にするとずっしり重くて、
まるでぴかぴかモリモリなレスラーの腕でも抱えているかのよう。
秋のあいだ、それをしばらく我が家の玄関に転がしておいたのですが、
皆その姿に興味を示して下さるものの、正体を当てられた方はひとりもいませんでした。
わずかに、ヘタが星形をしているところがズッキーニのイメージをとどめているほかは
表面は堅いけれどアニメに出てくるタヌキの尻尾そっくりな形をした何か、というような風体です。

いよいよ、昨日それにメスをいれました。いや正確にはカッターナイフです。
じつは、最近そのタヌキの尻尾は、叩くとポクポクいう事に気付いたので、
いつのまにか僅かにできてしまった傷口から腐って、中身が流れたか、ネズミや虫に食われたのではないかと
ちょっとおっかなびっくりで、種が穫れるかどうかは半信半疑のまま堅い皮を剥いてみました。

すると、皮の下はなんと、明るいオレンジがかった金色の繊維質でした。
スプーンでえぐってみると、それは鳥の巣にようにぼそぼそとほぐれてきて、
その繊維質の先に種が絡まるようにして付いています。
これはいったい、あの白い、緻密な噛みごたえのズッキーニからは、まったく想像の付かなかった展開となりました。
種は、青白くて、ぬめぬめとしています。形はかぼちゃの種をすこしスマートにしたようなものです。

そうめん南瓜、という中身のほぐれる南瓜があると聞いてはいましたが、
まさかズッキーニがその近縁だとは思いもつかないことでした。

こうして、金の巣に守られていた青白いたねは、優しい寝床を後にして
いま水できれいに洗われて、乾燥しているところです。
瓜ひとつで、何百もの種になりました。

ズッキーニの株はとても大きくなるので、畑のせまい我が家ではその一部しか苗にできません。
しかしながら、自分で穫った種を、次のシーズンに送り出すこと自体が面白く
また学びを得る事も多いので、これから、また少しずつ増やして行きたいものです。
品種として世に出ることのないこうした「たね」も、貴重な資源であり財産なのではないかと切に感じています。
posted by momouyda | 22:51 | 農作業 | comments(0) | trackbacks(0) |
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