富良野で農家る! 桃子のローカル日報
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陽射しを集めて
この時期になると、力仕事が増えるということを体が覚えてしまったのか
とにかく食欲がでてきます。

一週間分をめやすにまとめて買ったはずの食料を、のこりあと2日ほどは残したいなと
惜しむつもりでいたというのに、冷蔵庫の中はたちまち伽藍堂になります。

ところが、今や富良野も春。
梅や桜など、木々の花が咲くにはほど遠いながらも、すっかり強さを取り戻した陽射しの力は有り難くて
苗床ではプランターに播いた小松菜がぐんぐんと育ち、
外では少なくなった雪の下から出来損なった人参の畑や、ふきのとうをあらわしてくれ、
寂しくなりそうだった我が家のちゃぶ台を、すんでのところで救ってくれました。
冬越し人参のふりかけ、ふきみそ、小松菜のおひたし。
それだけでも、炒り豆ご飯がいくらでも美味しく頂けます。

冷たい雪の下から目覚めたばかりの「野菜」は、売り物とは違って、食べるまでに手間がかかるけれども
冷たい土から離してすぐをまな板に載せて、素早く食卓に運んでしまえば
どれも、甘くて、苦くて、やさしい味を、体に直接しみ込ませてくれるかのようです。

そして、陽射しをいっぱいに集めているのは、次々と仕立てたビニールハウスの中です。
すでにそこは常夏で、外気は10℃そこそこにもかかわらず、室温が軽く50℃を越してきます。

ただ、鉄パイプに沿って簡単に二重にビニールをしつらえ、軽く密閉しただけの状態だというのに、
この温度差が得られてしまうということは、大したものです。

日々の暮らしでは、消える事のない廃棄物を出来るだけ生み出したくない、
という私個人の思いのもと、ビニールを節約しようとしている一方で
この素晴らしい文明の利器がもたらす恩恵を、軽く見る訳には行かないのです。
贈答に堪えうるメロンを作る、という仕事を選んでしまっている以上は、
この矛盾をいろいろな角度から見つめて、よく味わって行こうと思います。

こうして、陽射しのお陰様で暑過ぎる室温を手にしたら、メロンを植えるまでの間、床の部分を暖めるのです。
そしてそれは、再利用したビニール部分のカビや雑菌を減らす意味も兼ねていますが、
決してこれしきではいわゆる除菌はなり得ない、ということが、この銀色をした砂漠並みの灼熱の中を、
つがいで楽しそうに走り回っているクモたちをみればすぐに解ります。
彼らはやがて、メロンにやってくる虫や小動物を食べてくれるはずです。
その銀色の小さな砂漠のなかへ、ちょっと脚を踏み入れて入り口に土嚢をいくつか運び込んだだけで、
顔を赤くしてだらだらと汗を流してしまう私どもの、弱さを思うのみです。

もちろん、すでにメロンが植えてあるところは、その温度では葉っぱが焦げてしまいますから、
概ね気温30℃を越さないようにと通気の具合をみながら、
太陽や風向きと対話しつつ、陽射しのある間はずっと気にかけ、調整しています。
そのなかで、気持ち良さそうに葉っぱを広げ、伸びようとしているメロンの苗をながめるのが、嬉しいものです。

家に入れば、キッチンに置いてあるステレオから桑田圭祐氏が、
できたばかりの色々な味のする、スパイスが効き過ぎそうかどうなのかのぎりぎりの曲を、
これでもか、と投げかけてくれます。
料理も家事も、この勢いにのれば吹けば飛ぶようなささいなこと、
であるかというように、いとも簡単にあしらってしまいそうになるのは、
生まれてすぐから小学校1年生までを、茅ヶ崎で過ごしたからでしょうか。

海のそばで育ったのに、ついにあまり海に親しみの沸かなかった私にも、
ちゃんと心の中に、小さい頃、何度もそばを通りがかったパシフィックホテルの情景が残っていました。
この富良野のじんわりした重さの雰囲気と、このきらめき過ぎている記憶との
はざまのようでいて妙に遠い距離感のあいだを測りながら
周りから少しだけ浮いた感じで、それなりに暮らしている私です。

今、天気は下り坂を行っているようで、湿った風が窓をさかんに揺らしていますが
明日からも、晴れるごとに強くなってゆく陽射しを浴びながら、
じっくりと少しずつ仕事を進めてゆきます。
posted by momouyda | 20:48 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
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