富良野で農家る! 桃子のローカル日報
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ちいさな日本
福岡市郊外にある、uydaの実家に郷帰りしてきました。
大きな溜池のほとりにあるこぢんまりした邸宅にお世話になり、
今回は脚を伸ばして義母のふるさとにも連れて行っていただきました。

九州の大分と四国の愛媛の間、豊後水道に面した津久見というその街は、
漁港からいきなり山の懐に入るまでの、小さなちいさな街でした。
義父の車はコンパクトな普通車だけれども、入り組んだ等高線どおりに曲がりくねった細い道では、
それでもぎりぎりいっぱいで、軽自動車以外でここを通るのは考えられないほどの道幅です。
騾馬や、牛で歩くのにはいいだろうとおもうけれども、やはりこの時代に時間と労力と風情の浪費は許されるわけもなく、
山と、おだやかな青い海と、瀬戸内の明るい陽射しに守られたこの街の優しい空気に、少しだけ寂しさを感じました。

その細いほそい道沿いに、長屋や、古井戸を囲んで大小のお屋敷がぎっちり経っているかと思えば
ぽっかり開いたところはみかんの畑になっていて、すぐ手に取れそうなところに、まだ半分青いみかんがたくさん付いています。
ふと目をやった道ばたの雨水溝には、ころころと青い「かぼす」が転がりこんでいるのがかわいらしい。

小高い半島のてっぺんにある展望台に連れて行って頂くと、豊後水道が一面の広がりになっていて、
関サバ、関アジが美味しいはずであることも、この穏やかで青い海をみれば説明無用というものです。
そのまま、ふすま絵にでもなりそうな眺めでした。

そして対岸の岬と、背後の山は、セメントや土木建築工事の原料となる原石の採掘場です。
遠い昔に海から押し上げられたミネラル分を、現代社会はどこまでも欲しているのか
乾いた切り出し斜面のあちこちでとおくクレーンやダンプが動く度に、きらきらと機体がきらめきます。

そして、海からの風も、いつだってみかんの樹も、街も、まるごと洗いつづけているのでしょう。

裏の山では、ミカンやかぼすが盛んに作られていたそうで
今も、津久見みかんは産地として名を馳せていますけれども、
なるほど、この穏やかな雰囲気のなかに実れば、おいしいに違いありません。
義母の送って下さるみかんが、どうして美味しいのかを、
こうしてはじめて感覚全体で味わう事が出来たようにおもいます。

しかりやはり日本全国、何処でも聞かれるように農家の後継ぎがいないとのことで、
このみかん畑が、次々に消えて行っているというのは、心から惜しい思いです。

そうした事を聞かせて下さったのは「かっはははははは!」と顔をみるなりすぐさま嬉しそうに、
ただただ笑いながら出迎えて下さった、85歳になる長老です。
なんと、顔色の良い方なのだろうと思いました。
そのご長老をはじめ、そのお屋敷に集った義母の兄弟姉妹の楽しそうなこと、お元気なこと。
宴席で、さまざまにアレンジされて食卓の一人芝居を演じていたのは、特産のマグロです。

胃袋、頬の肉といった珍しい部位までをいただきました。
これでお酒をたっぷり頂いたら、ますます美味であったろうと思います。
琉球丼、ひゅうが丼、と呼ばれるご飯は、胡麻だれで「づけ」にしたマグロの赤身が乗っています。
ほの甘いたれの味と、浅葱の香りが優しくて、美味でした。

集られた皆様の明るい雰囲気に助けられて、まだ子のない新米の嫁でありながら、
お腹いっぱいマグロづくしのごちそうを味わったものです。
長く育ったふるさとを持たない私は、どこにいってみようともいつも新入りなのだけれども
さすがにアラフォーともなると、ふてぶてしくなっています。

気候の穏やかさと、山懐に囲われた漁港という小さな別世界に、
昔からある、ほんとうの日本の姿をみる気がしました。
posted by momouyda | 22:38 | 雑記帳 | comments(0) | trackbacks(0) |
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